ノルウェー(ATV)Alterative til vold Oslo

(*Alternative til vold は alternative to Violenceの意味)
中田慶子による報告です。
註:内容についてはあくまで中田の理解の範囲です。英語力の問題があり、かならずしも完全に正しいとは言えないこともあるので、あらかじめお断りしておきます。

日時:2011年12月12日(月)13時15分~15時
絵本「パパと怒り鬼」の監修者でセラピスト、精神科看護師のオイヴィン・エイシャムさんの仲介で、ATVオスロを訪問しました。
以下、概要を報告します。
本当はシェルターの見学も行きたかったのですが、土日と重なり見学ができず残念でした。

◇場所

オスロ中央駅から徒歩5分。
とても便利な場所のビルの2階。周囲には移民向けの店も多く、ぐるっと周囲を歩くとイスラム系の商店が多いのが目立ちました。
ビルの1階にビル全体の受付があり、表示を見ると赤十字とか、労働組合とかいろんな団体がはいっている大きなビルです。
駅から近いのと、雑居ビルであるために、来訪者が入りやすいメリットがあるとのことです。

ATV以外の表示は2階にはないので、かなり広いスペースをATVだけで占めています。
エレベーターを上がり、2階で降りると、エレベーターホールの前に白いガラス戸があり、施錠されていて、インタホンを押すと開けるようになっています。
入るとすぐに、6畳ほどのソファーのある待合室があり、子どもが遊べるお部屋もありました。
3月に上階からこの2階へ引っ越してきたのだそうです。

◇室内の様子

どの部屋も天井から床までのガラス張りで、外から全部見えるようになっているが、廊下に面したガラス壁にはブラインドがあって開閉自由。
セラピストひとりずつに8畳(?)くらいの個室があり、半分に面接のためのソファーが2脚、もう半分のスペースにパソコンや書類を置くデスク。
どの部屋にも、大きなスケッチブックのような紙のつづりを置いてあるイーゼルのようなものがあり(現地の小学校などでもよく使われているもの)、 心理教育の際に書き込んだりするために使うということでした。
ホワイトボードでないところが面白いと思いました。
奥に広いスタッフルームがあり、ランチをしたりお茶を飲めるようなスペース、そしてさらに奥に、これもガラス張りのテーブルと椅子のある会議室。
もっと広い20人以上が入れる会議室も現在整備中で、椅子だけが置いてありました。
個人面接は、セラピストの部屋でしますが、グループセラピーは6人くらいが集まる個室が別にあり、マジックミラーがついていて、奥から観察可能になっています。
またそこで参加者の許可を得た上でビデオ撮影もできるようにする予定とのことです。
家具は白木で、インテリアも白で統一されていて、たいへんすっきりした印象です。
私がお話を聞いた応接室は、12畳くらいで、壁が薄い黄緑色、白のソファーと白のローテーブル、緑のポインセチアの鉢、壁に絵が2点あるだけで何もないとても美しいお部屋でした。

◇お話をしてくれた方

男女の臨床心理士・セラピストで二人とも30代くらいです。
P・K・Mさん(男性ATV歴 13年)
M・Hさん(女性ATV歴8年 それ以前は被害者支援をしていた)
二人とも英語はとても流暢で、こちらの不十分な英語にも丁寧に耳を傾けこちらの意図を汲み取ろうとする態度に、初対面であってもとても安心して話すことができました。
さすがにプロだと思わされました。
また二人が、とても気持ちを通わせあいながら、さりげなく発言を譲り合ったり、対等な感覚で仕事をしている雰囲気がありありと感じられ、 非暴力、相手への尊重を体現する態度そのものを感じることができとても感銘を受けました。

1)ATVの始まりとセラピストについて
Pさん:1987年、2人の男性の臨床心理士によってATVの活動が始まった。 今はセラピストの数はノルウェー全体で45人、オスロは15人。 オスロには事務スタッフも2人いるのでスタッフとしては17人体制、ほとんどが心理士だが、オイヴィンさんのように他の職種もいる。 セラピストは女性が多くオスロでも2/3が女性。 ATVに来る人だけでなく、刑務所内でのセラピーも行っている。
中田:女性が加害者セラピーをすることで、怖い思いをすることはないですか?
Mさん:もちろん女だからと馬鹿にした態度や言動を取る人もいるし、脅すような怖いこともたまにあるが、こちらの方が立場は強い。 なぜなら何かあったら警察に報告できる立場なので、子どもの面接等で損になったりするのでこちらが強い。 警察や児童保護の役所など、いろんなところと連携して活動している。 性別でいろんなことはあるかもしれないが、女性の加害者・被害者に男性のセラピストがあたっても、同じような問題はおきると思うので、結局は同じだと思う。
中田:被害者支援をしていた立場で、加害者のセラピーを始めた時は困難を感じませんでしたか。
Mさん:質問する意味はよくわかる。私自身も被害者支援だけをしていたときは、怪我など被害者のダメージの大きさ、暴力の被害の深刻さに無力感を感じていた。 しかし、加害者とかかわりむしろ自分がエンパワーされている気がする。なぜなら加害者が弱い存在だということもわかるから。

2)加害者の状況
 中田:このオスロで年間何人くらい加害者が来ますか。
Pさん:オスロ支部では年間200人くらい(オスロの人口は約50万人程度)。 ノルウェー全体では、受講者は年間600人くらいかな。
中田:オイヴィンさんは800人と言ってましたけど。
Pさん:(手元の小さなスマホのようなパソコン?をチェックして)
年間報告書では2010年で864人ですね、ほんとだ。 思ったよりも多いね(笑)
中田:加害者はどういう時にここに電話をして来るんでしょうか。
二人:電話をして来る理由は色々。暴力をふるって警察に介入されたり、妻や恋人を失いそうになったり、子どもと会えなくなったりなど。 共通しているのは、みんなひどく混乱して葛藤状態で電話をしてくる。しかし、通い始めると最初のモチベーションはどっと下がることが多い。
中田:途中で脱落する人はいますか? セラピーの継続は難しいと思いますが。
二人:継続する割合はだいたい70%、30%は途中で脱落する。
中田:セラピーを終了したあとに、再犯する確率は?
二人:それはまだ、わからない。追跡調査をしたことがない。現在、これまでの成果をまとめるために調査しているので後日調査結果が出ると思う。 新しい受講者の5%は、以前ここに通っていて途中で脱落してまた暴力をふるってしまったという人。
中田:アメリカの加害者プログラムと違うのはどこでしょうか。
二人:ボストンのプログラムとの一番の違いは、裁判所命令ではなく自発的にセラピーに参加すると言う点。 それと、ボストンのプログラムは、全部で何回とか決められていて、何回目にはこれをするなどスケジュールと内容が決められているが、 ここのセラピーはそういう構造的なプログラムではなく、いわばテーラーメイド(注文服)のようなセラピー。 セラピーの手法も人によって変わる。 暴力をした理由は個人個人によって異なり、成育歴も様々、考え方も様々であるので、その人に合わせたセラピーを考える。 個人面接が基本だが、グループ面接も必要と思えは行う。継続時期も決まっていない。 だいたい1年~2年くらい継続している。 自分のふるった暴力について責任を取るということを、もっとも重要なことだと考えている。
中田:セラピーが有料なのも、自分が行った暴力に対して責任を取るというためですね。
二人:そのとおりです。
中田:暴力をうけた家庭にいる子ども達へのセラピーはここでも行っていますか。
二人:残念ながらお金の問題があって、オスロではできていない。 やっているのはオイヴィンがいるテレマルク支部と、トロムソ支部のふたつ。 ほんとは、もっとやりたいが財政、スタッフの問題があり残念。。
中田:スタッフのかたはどのような訓練をしてセラピストになるのですか。
二人:ノルウェーの大学でも心理学を学ぶ課程で暴力について学ぶことはほとんどないのが現状。 あったとしても選択科目のひとつであって、必須科目ではない。 自分もATVに入ってから加害者セラピーについて学んだが、インターンのような形で学び、同僚やスーパーバイザーの意見をもらいながら、学んできている。 特別なカリキュラムというのはない。 しかし、暴力のセラピーはアルコール異存や薬物依存の治療過程とても似ているので、それらの治療経験があれば、ここでとても役に立つ。 多くの心理士はそういう経験をもっているので。日本でも薬物やアルコールに取り組んでいる心理士や精神科医がいれば、暴力のセラピーに応用できるので取り組みやすいと思うが。
中田:そうだと思います。しかし、まだ日本ではアルコールや薬物に取りくんでいるセラピストが、暴力の方に関心をもってくれていないのが問題だと思っています。
二人:オイヴィンはあちこちで、人材育成のセミナーをしています。ギリシャ、スペイン、イタリアなど。 ヨーロッパ南部では被害者支援もそうだが、加害者セラピーも普及していない。 この7月セルビアで加害者プログラムを実施したいということで、6日間の養成プログラムをして、今後スーパーバイザーが入りながら実施することになっているところです。

3)セラピーという名称について
中田:セラピーという名称を使っているのはなぜですか。 治療という言葉を使うことで、DVが病気であるというイメージで、加害者のいいわけに使われるような気がしますが。
二人:私たちは、加害者は決して病人ではないと認識している。 しかし、今回の7月22日のテロの犯人ABBにも精神疾患という診断がなされ、それは本人の責任のがれに使われるのではないかという批判がされたばかりであり、そういう受け取られ方をすることは理解できる。 また加害者の多くは、自分たちは病気はでないのにセラピーを受けるのは恥ずかしいという認識を持っている。 しかし私たちはずっとセラピーという言葉を使ってきている。(註:アメリカでは暴力介入プログラムという表現を使うことが多い)

4)セラピーの中止、セラピーを受ける条件について
中田:同居しながらセラピーを受ける人も多いといいますが、セラピーの実施途中で、パートナーに暴力をふるった場合はセラピーは中止するのでしょうか。
二人:しません。警察に報告したりはするが、なぜ暴力をふるったのかについて加害者と話し合うことを重視している。
中田:日本でアメリカのプログラムを導入している団体では、精神疾患があったり、アルコールやドラッグの問題を持つ人はプログラムを受けられないとしていると聞いていますが、ここではどうでしょうか。
二人:そういう問題や疾患があっても受け入れている。 暴力のセラピーが進行すると、アルコールやドラッグの問題にもいい効果を及ぼすことが多い。 治療法が共通しているからだと思う。またセラピーを受ける人は初めの段階で、かなりうつ状態になっている場合が多い。 精神的な疾患がある場合は、他の病院を受診しながらここへも通うということをしている。

5)移民のDVについて
中田:ノルウェーでシェルターに保護される女性の6割が移民の女性だと聞いている。移民の男性もここへくるのでしょうか。
二人:現在ノルウェーの国内(人口500万人)に52箇所のシェルターがある。 エスニックの加害者はノルウェー人と違って、ここへ自発的に来ることは少なく、児童保護局や警察などに促されてくることが多い。 問題は、ノルウェー語を話す人に対してはセラピーが可能だが、多言語対応までになっていないので、ノルウェー語が堪能でない人には困難が多い。文化的な問題はとても大きい。
(あとで挨拶した別の女性のセラピストは、エスニックの加害者の対応を主にしているとのことで、インドか中東系の美しい女性でした。ただし、彼女の使用言語はノルウエー語だということでした。)

6)男女平等とDV
中田:日本の多くの人は男女平等先進国のノルウェーでもDVがあることに驚くことが多いが、これについてどう思っていますか。
Pさん:男女平等によってすべての暴力がなくなるわけではない。しかし、平等を進めることはとても大事だと考えている。
Mさん:最近は10人にひとりくらいで、加害者の中で女性の割合が増えてきているように思う。いろんな問題が背景にあると思う。

7)予算について
中田:ATVの財政状況はどうでしょうか。
Pさん:常に足りないので、毎年、予算獲得のために激しいバトルをしています。


午後3時にさよならを言って外にでたら、すっかり外は夕暮れになっており、気温は零下でした。 ビルの前には3メートルはありそうな大きな彫刻。「こぶしとバラ」という題名がついていましたが、バラを握り締めているこぶしの彫刻です。 どういう意味なんでしょうか?わかりませんでした。強い意思を感じる作品でした。